松江城

たてもの探訪Ⅴ(拾遺51) 2025年9月23日公開

島根県松江市 訪問:2025年9月2日


◆れきし

   宍道湖北・川畔の亀田山に築かれ、周りを囲む堀川は宍道湖とつながっています。

 築城主は、豊臣秀吉や徳川家康に仕えた堀尾吉晴・忠氏。寛永11年(1634)からは京極忠高、寛永15年からは松平直政が藩主となり、以後10代にわたり、この地を治めました。

 明治初頭、全国で城の取り壊しが進められるなか、旧松江藩士高城権八や豪農勝部本右衛門らによつて保存され、以降も市民の力によって守られてきました。構造は本丸を中心に北の丸・二の丸・三の丸があり、二の丸跡に2基の櫓と太鼓櫓が復元されています。

◆見どころ

 天守は4重5階・地下1階の望楼式。外観は鯱・花頭窓・下見板・白壁・付櫓で装飾され、別名は千鳥城。大規模、かつ均整のとれた美しい外観です。内部は二階分の通し柱を、各階に相互かつ均一に配しする「互入り式通し柱」など複雑な工法が組み合わされており、望楼型天守の到達点と高く評価されています。

 平成21年(2009)から学術調査委員会や「松江城を国宝にする市民の会」が立ち上げられ、懸賞金をかけた史料探しが始まりました。そしてついに平成24年、松江神社から「慶長16年(1611)」と記された祈祷札2枚が再発見され、これが決め手となって平成27年に国宝になったのです。国宝5天守のなかでも、築城年が明確にわかる例はほかにはなく、今では近世城郭最盛期を代表する国宝天守として名声を得ています。堀川めぐりの小舟など、山陰を代表する風情ある景色も魅力的です。

 

二の丸

堀尾吉晴銅像

石垣と天守


階段

構造

国宝指定書


天守から宍道湖

堀と石垣

堀川めぐり